韓国映画『84㎡』は、静かなマンション生活を夢見た男が、騒音トラブルをきっかけに地獄のような日々へと転落していくサスペンス・スリラーである。韓国における「持ち家」というステータスと執着、そして人間を狂わせる閉鎖空間の恐怖を、ホラーとサイコスリラーの要素を融合させて描き出す。主演は『イカゲーム3』で再び注目を集めたカン・ハヌル。好青年のイメージを覆す彼の怪演も見逃せない。本記事では、ネタバレを含むあらすじと3つの視点からのレビューをお届けする。
映画『84㎡』の結末まで完全ネタバレ
ノ・ウソン(カン・ハヌル)は、結婚を控え、念願のマイホーム――14階・84㎡のマンションを購入した。だが幸福は長く続かない。結婚は破談となり、なかなか昇進することもできない。ローンは重く、資産価値は一向に上がらず、売ることも貸すこともできない袋小路。節約のため電気もつけずに生活するウソンは、昼はサラリーマン、夜は食事配達で生計を立てる疲弊した日々が続けていた。
そんな中、深夜に天井から響く謎の騒音で毎晩目を覚ますようになる。原因を探るが、13階の住人からは「お前が加害者だ」と非難される。ウソンは「15階が原因だ」と訴えるが、信じてもらえない。15階の住人ジノ(ソ・ヒョヌ)に抗議すると、彼も否定。さらに16階の住人も同様だった。
一方、職場の同僚に勧められ、ウソンは仮想通貨投資に手を出す。自宅を安値で売却し、その頭金でコインを購入。コイン価格が最高値をつけると噂される8月15日に売り抜け、違約金を払って家を買い戻す計画だった。価格は順調に上昇し、最高値まであと1日と迫る。
ところが、価格の推移を見守っていた矢先、住人たちがウソンの家に押しかけ「騒音を止めろ」と詰め寄る。家の中を調べると、ウソンの知らぬ間に騒音を発する装置が取り付けられており、事態は警察沙汰に。ウソンは連行され、その間に売り抜けのタイミングを逃し、帰宅したときにはコインは大暴落していた。
絶望の中で自ら命を絶とうとしたウソンを救ったのは、15階のジノだった。ジノは落ち着いた口調で「一緒に犯人を突き止めよう」と持ちかけ、ウソンを引き込む。最初は頼れる協力者に見えたが、ウソンは次第にその態度や言動に違和感を覚え、やがて彼こそが黒幕ではないかと疑い始める。意を決してジノの部屋に忍び込むと、そこには全ての部屋の会話や生活音を盗聴できるモニターと機材が並んでいた。
その時、ジノが帰宅し、ウソンは物陰に隠れたまま息を殺す。やがて聞こえてきたのは、ジノと13階の住人との激しい口論だった。その会話から、ジノがマンション建設時の手抜き工事と賄賂を受け取った最上階オーナーで検事のユン・ウンファ(ヨム・ヘラン)の罪を暴こうとしていることが明らかになる。騒音はそのための仕掛けであり、ウソンは無自覚のまま計画に利用されていたのだ。だが口論はやがて暴力沙汰に発展し、ジノは13階の住人を撲殺してしまう。
ウソンは命乞いのため、ジノに協力するふりをして行動を共にすることを選ぶ。13階住人の死体を背負ってウンファ宅に乗り込む二人。ジノはウンファの夫を殺害し、ウンファ自身も刺殺。だが激しい抵抗に遭い、ジノも重傷を負って倒れる。その混乱の中、ウソンは室内で「手抜き工事業者のリスト」と自分の部屋の売買契約書を発見するが、それらを全てオーブンで燃やし、一人で建物を後にする。直後、最上階は大爆発を起こし、事件は検察上層部の圧力で闇に葬られた。釈放されたウソンは母と田舎に戻るが、翌朝には再び1401号室に舞い戻り、登記簿を見て不気味に笑う。その瞬間、再びあの騒音が鳴り響くのだった――。
映画『84㎡』が描く韓国マイホーム神話と所有欲の果て

韓国社会では「持ち家」は単なる住まいではなく、社会的地位や経済的成功の象徴として機能する。とくに84㎡という広さは中産層の理想的な住戸面積とされ、主人公ウソンが手に入れた物件もその典型だ。本作は、この“マイホーム神話”の光と影を物語の骨格に据えている。
ウソンは、ローンの重圧に耐え、生活を削ってでもその部屋を手放さない。昼は会社で働き、夜は配達に出る姿は、韓国の都市部で多くの若者が抱える現実そのものである。彼にとって、マンションの所有は生活の安定や快適さではなく、「自分がどの階層に属するか」を示す唯一の証明だった。
本作が鋭いのは、こうした“所有”への執着が物語全体の推進力になっている点である。騒音に苛まれ、精神的にも追い詰められ、命の危険に直面してもなお、ウソンは所有というステータスを容易に捨てられない。これは、物理的な住まい以上に、社会的な位置づけを守ろうとする心理をあぶり出している。
このテーマは、『パラサイト 半地下の家族』にも通じる。「どこに住むか」が人生の価値を左右する社会で、ウソンは所有者としての地位を必死に守ろうとする。そのために払った代償は、金銭や安全だけでなく、精神の健全さまでも含まれていた。
前半ホラー×後半サイコスリラーの二段構成が生む恐怖
『84㎡』は前半と後半で雰囲気が大きく変わる。前半は、天井から聞こえる得体の知れない音に苛まれるウソンの恐怖が描かれ、ホラー色が強い。音の正体がわからない不安、誰も信じてくれない孤立感、幻聴のように繰り返されるノイズは、観客にもじわじわと精神的圧迫を与える。
しかし後半になると、物語は血生臭いサイコスリラーへと舵を切る。ジノの真意が明かされ、協力者の撲殺、死体運搬、ウンファ夫妻の殺害、そして最上階の爆破と、暴力的かつ衝撃的な展開が続く。特に、ウソンがウンファの家でリストと契約書を発見し、それらを燃やす場面は象徴的だ。真実を握りつぶすことで自分を守る一方、その行為が彼をさらに深い闇へ引きずり込む。
ラストシーンは寒気がする。母に連れられて田舎に帰ったはずのウソンが、なぜか再びマンションに戻り、1401号室のオーナーに返り咲く。騒音の犯人はもういないはずなのに、また音が鳴り響く――これは彼の精神が壊れ、幻聴として音を聞いているのか、それともマンション自体が持つ呪いのようなものなのか。答えは示されないが、その執着はもはや病的である。
カン・ハヌルの怪演が光る!好青年から狂気の男へ

主演のカン・ハヌルは、『イカゲーム3』で話題となった直後の本作で、これまでの好青年イメージを覆す役に挑戦している。無精ひげを生やし、常に疲れた表情を浮かべ、タバコをくわえる姿は、清潔感のある彼のこれまでの役柄とは真逆だ。
序盤では、疲弊しつつもまだ理性を保つサラリーマンの顔を見せるが、騒音に追い詰められるにつれ、苛立ち、疑心暗鬼、そして狂気へと変貌していく。ジノとの駆け引きや、死体を運ぶ場面では、恐怖と諦めが入り混じった複雑な表情が印象的だ。特にラストの不気味な笑みは、観客に強烈な余韻を残す。
カン・ハヌルは、この作品で「善良な青年」から「精神の崩壊に飲まれた男」への変化を見事に演じ切っている。肉体的にも精神的にも追い詰められた演技は、彼の役者としての幅の広さと覚悟を示しており、本作の緊張感を最後まで保たせる原動力となっている。
映画『84㎡』配信情報とまとめ
映画『84㎡』は、2025年8月現在、Netflixで配信中。カン・ハヌル主演による本作は、韓国の“マイホーム神話”を背景にした社会派スリラーとして、ホラーとサイコスリラーを融合させた独自の魅力を放っている。



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