2024年にアメリカで公開され、2025年には世界中で注目を集めた映画『ウィキッド 2人の魔女』は、あの『オズの魔法使い』の“もうひとつの真実”を描く壮大なミュージカルファンタジーである。
“悪い魔女”とされたエルファバと、“良い魔女”と称えられたグリンダ。正反対の立場に立つふたりの魔女の友情と対立、そして運命が、豪華な映像と音楽と共に丁寧に描かれ、ミュージカルファンだけでなく多くの観客の心をつかんだ。
作品情報
原題:Wicked: Part One
公開年:2024年(日本公開:2025年)
監督:ジョン・M・チュウ
出演:シンシア・エリヴォ(エルファバ)、アリアナ・グランデ(グリンダ)、ジョナサン・ベイリー(フィエロ)、ミシェル・ヨー(マダム・モリブル)、ジェフ・ゴールドブラム(オズの魔法使い) ほか
上映時間:約135分
配給:ユニバーサル・ピクチャーズ
【ウィキッド ふたりの魔女】あらすじ
生まれつき緑色の肌を持つ少女・エルファバは、その見た目のせいで家族や周囲から疎まれながら育ってきた。唯一心を許せるのは、車椅子の妹・ネッサローズ。彼女の世話をするため、エルファバは望まぬまま名門・シズ大学へと進学する。
大学では、明るくて華やか、誰からも好かれる“人気者”の少女・グリンダと出会う。正反対のふたりは最初こそ反発し合うが、共に過ごすうちに少しずつ距離が縮まり、やがて深い友情で結ばれていく。
そんななか、特別な魔力を秘めたエルファバに、オズの魔法使いに会う機会が巡ってくる。
「自分の力を世の中のために役立てたい」――そんな純粋な思いを胸に、エルファバは夢のようなチャンスを掴むが、そこで彼女が見た“オズの真実”は、やがてふたりの魔女の運命を大きく変えていくことになる――。
【ウィキッド ふたりの魔女】のみどころを解説!
色彩・美術・音楽――魔法の世界に“入り込んだ”気分になる演出力
本作がまず観客を引き込むのは、その圧倒的な世界観の表現力である。
緑の森に囲まれた魔法大学、空中庭園のような宮殿、オズの都のカラフルな通り、空を飛ぶ猿や舞い上がる魔法の光——
スクリーンの向こう側に広がる風景は、まるで本当にその世界に入り込んだかのような没入感を味合わせてくれる。
この映像美を支えているのが、ジョン・M・チュウ監督ならではのビジュアル感覚と、繊細な美術設計である。
特に「Defying Gravity」のシーンでは、シンシア・エリヴォ演じるエルファバが、天へと舞い上がる瞬間がスローモーションと共に描かれ、まるで観客自身が魔法に包まれているかのような錯覚を覚えるほどだった。
エルファバの緑色の肌と、グリンダのイメージカラーであるピンクは対照的でありながら、実によく調和している。作品全体を通して鮮やかな色彩が用いられているが、特にこの二色が際立つように細やかな計算がなされている点が素晴らしい。
また、音楽面でも本作は一級品である。スティーヴン・シュワルツによる名曲群が、ブロードウェイ版からそのまま移植され、映画用にスケールアップされている。「Popular」の軽快さ、「I’m Not That Girl」の切なさ、そして「For Good」の余韻は、物語の起伏と緻密に呼応し、観客の感情を激しく揺さぶる。とくにアリアナ・グランデとシンシア・エリヴォのデュエットは、歌唱力だけでなくキャラクターの心情が込められており、単なる“楽曲披露”では終わらない重みがある。
エルファバとグリンダの友情が、“善と悪”という価値観をゆさぶる
この作品のいちばんの心臓部は、緑の魔女・エルファバと金髪の魔女・グリンダの複雑で深い関係性にある。世間から迫害される者と、称賛を集める者——対照的な立場にあったふたりは、当初こそ反発し合うが、心の奥底には同じ「他者への不安」や「受け入れられたい」という願いを持っていた。シズ大学での寮生活を通じて少しずつ打ち解け、互いにとってかけがえのない存在となっていく過程は、軽妙な掛け合いや小さな出来事の積み重ねで描かれ、非常に丁寧である。
特にダンスパーティーのシーンで、二人が心を通わせるシーンは圧巻だ。いじわるのつもりで、黒い帽子をエルファバにプレゼントしたグリンダ。それを知らないエルファバはプレゼントに感激し、もらった帽子をかぶってパーティーに参加する。案の定、周りからは嘲笑されてしまうのだが、いじわるのつもりで贈ったプレゼントを素直に喜んでくれたエルファバに、グリンダは自分の行いを恥じ、エルファバと共にダンスを踊る。エルファバは、これまで孤独な胸のうちを誰にも晒すことがなかった。しかしダンスに呼応してくれたグリンダを見て、人前で初めて涙を流す姿はなんとも印象深かった。
こうして友情を育んだ2人だったが、中盤以降、それぞれの立場や考え方の違いがふたりを引き裂いてしまう。エルファバが社会の矛盾に気づき「変革」を望むようになる一方で、グリンダは「現状を受け入れる」ことで自らの立場を守ろうとするようになる。
「善とは何か」「正しさとは誰が決めるのか」といった問いが、エンターテインメントの中に自然に織り込まれ、観る者に“見えなかった真実”を突きつけてくる構成力は見事である。
終盤、ふたりが涙を浮かべながら選ぶ「それぞれの道」は、単なる友情の別れではない。エルファバと別の道を選びながらも「あなたの幸せを願っている」というグリンダのセリフは本心であり、深い余韻を残す名シーンのひとつとなっている。
キャストの熱演が生み出す、キャラクターたちの“生き様”に共感
本作を語るうえで欠かせないのが、主要キャストたちの力強い存在感だ。とくに注目すべきは、エルファバを演じたシンシア・エリヴォ。彼女はミュージカル『カラーパープル』でトニー賞を受賞し、映画『ハリエット』ではアカデミー主演女優賞にもノミネートされた実力派。今回のエルファバ役では、張り詰めた感情や内なる強さを、圧倒的な歌唱力と繊細な表情で見事に表現している。彼女が歌う「Defying Gravity」は、間違いなく本作最大の見どころである。
一方、グリンダ役のアリアナ・グランデは、世界的ポップスターとしての顔を持ちながら、もともとは子役出身でブロードウェイにも出演していた経歴の持ち主。以前からグリンダを演じることを熱望していたという。本作ではキュートで天真爛漫な第一印象から一転、物語が進むにつれて見せる葛藤や苦悩にリアルな人間味がにじむ。「Popular」などで魅せるキラキラした魅力だけでなく、切ない演技も印象的で、歌手としてだけでなく俳優としての実力もしっかりと見せている。シンシア・エリヴォが賞賛に値するこは間違いないが、アリアナ・グランデが原作ミュージカルファンもうならせるほど、完璧にグリンダを演じたことはこの作品がヒットした大きな要因の一つに違いない。
そして、ふたりの間で揺れる青年・フィエロを演じたジョナサン・ベイリーも忘れてはならない存在だ。Netflixドラマ『ブリジャートン家』で一躍注目を浴びた彼は、舞台出身の俳優らしい安定感と説得力を持ち合わせている。本作では、自分の信念と恋心のあいだで揺れ動く繊細な役どころを、ナチュラルな演技で魅せてくれる。
さらに、名脇役として作品を支えるのがミシェル・ヨーとジェフ・ゴールドブラム。
ヨーは『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でアカデミー主演女優賞を受賞したばかりのアジア系女優の代表格。本作ではシズ大学の厳格な校長・マダム・モリブルを演じ、冷徹さと威厳をたっぷりと漂わせている。
そしてオズの魔法使いを演じるゴールドブラムは、『ジュラシック・パーク』シリーズなどでおなじみの名優。一見ユーモラスで親しげな“魔法使い”の裏に隠された不穏な気配を、飄々とした演技で巧みに表現している。
この豪華な顔ぶれがそれぞれのキャリアの中でも新たな一面を見せており、ただのファンタジー映画では終わらない人間ドラマとしての厚みを与えている。ひとりひとりのキャラクターに感情が宿っていて、観ている側の心までじわじわと動かされる――まさに、キャストの“力”を感じさせる作品だ。



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