皆実広見の“First Love”は、恋ではなく世界だった|映画『ラストマン FIRST LOVE』ネタバレレビュー

邦画

2025年12月24日に公開された全盲のFBI『ラストマン FIRST LOVE』。主人公・皆実広見にとって、「First Love」とは何だったのか。それは恋の名前を与えられた感情ではなく、世界を信じてもいいと思えた、最初の時間だったのかもしれない。学生時代に出会ったナギサと過ごした日々、色のない部屋に生まれた変化、そして別れ。映画『ラストマン FIRST LOVE』をたどりながら、皆実が守り続けた“最初の世界”の正体を読み解いていく。

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皆実広見にとっての“First Love”が生まれた時間

物語は、皆実広見のもとに一人の女性が助けを求めてくるところから始まる。天才エンジニアとして知られるナギサ・イワノワは、自らが関わってきた衛星自動監視システムが、平和利用ではなく軍事や暗殺に転用されようとしていることを知り、研究を放棄。娘ニナとともにロシアからの亡命を希望し、皆実に連絡を取る。彼女は、かつて皆実が学生時代に深い時間を共有した相手だった。

この亡命をめぐり、警視庁捜査一課の護道心太朗をはじめ、日本側の捜査チームが動き出す。さらに、皆実に続く第2期交換研修生として来日したFBI特別捜査官クライド・ユンも参加する。天才捜査官としての自負が強く、皆実を明確な目標としているユンは、合理性を重んじる皆実とは異なる熱量でこの任務に臨んでいた。

ナギサを無事に国外へ逃がすため、舞台は北海道へと移る。警視庁、CIA、FBI、北海道警察が関わる合同ミッションは、当初から緊張感を孕んでいた。ナギサという“個人”の亡命でありながら、その背後には、国家と技術、そして各国の思惑が絡み合っている。彼女が天才エンジニアである以上、この作戦が最初から純粋な人道ミッションではなかったことは明らかだった。

山奥の別荘でナギサとニナを匿る夜。張り詰めていた空気が、ほんのわずかに緩む時間が訪れる。皆実はカレーを作り、皆で食卓を囲む。事件も、国家も、裏切りも、いったんは遠ざけられたような、短い静けさだ。それは“安全”とは程遠い場所でありながら、確かに穏やかな時間だった。

この別荘での光景は、やがて繰り返し挿入される学生時代の回想と静かに呼応していく。かつて、アメリカの大学で出会った皆実とナギサ。全盲であることを理由に、周囲から好奇の視線や無遠慮な言葉を向けられていた皆実だったが、からかう学生たちをナギサが追い払ったことをきっかけに、ふたりは知り合い、言葉を交わすようになる。そのやりとりはやがて日常となり、時間を共有する関係へと変わっていった。学生時代のある時期、皆実とナギサは恋人として過ごしていた。

皆実の部屋は、物がほとんど置かれていない。目が見えない彼が生活しやすいよう、最低限の配置だけがなされ、壁も真っ白だ。合理的で、機能的で、どこか無機質な空間。その部屋を見て、ナギサは「殺風景だ」と言い、ふたりでペンキを塗ろうと提案する。色を見ることはできない。それでも、ペンキの匂い、壁に触れた感触、空気の変化を通して、皆実は“部屋が変わっていく”ことを確かに感じていた。ナギサがもたらしたのは、視覚的な色ではなく、世界に対する手触りの変化だった。

ある日、ナギサは空を見上げて思わず「きれい」とつぶやく。景色を見ることが出来ない皆実に、ナギサは「ごめん」と口にする。
だが彼は言う。目が見えなくても、景色は匂いや空気で感じられる、と。それは強がりではなく、皆実が世界と向き合ってきた方法そのものだった。ナギサと過ごした時間は、皆実にとって恋愛以上の意味を持っていた。それまで彼は、誰かを強く信じる必要も、期待する必要もなく、ひとりで合理的に世界を渡ってきた。だがナギサといる時間の中で、初めて「人と共有してもいい世界」が生まれていく。その感覚こそが、皆実の中に静かに残り続けている“最初の基準”だった。

しかし、ふたりの選んだ道はやがて分かれていく。ナギサはロシアに戻り、国家の中枢で研究を続ける決断をする。一方、皆実は父の事件を追うため、FBIに入ることを選ぶ。未来へ進もうとするナギサと、過去と向き合おうとする皆実。その違いは、埋められない溝となっていった。

北海道の別荘で再び交わる現在と過去。穏やかな時間のすぐ隣には、銃撃と裏切りが待っている。それでもこの亡命ミッションが、皆実にとって単なる任務以上の意味を帯びていることは、もはや隠しようがなかった。

皆実が“人を信じる側”に立ち続けた理由

現在に戻り、別荘では、ナギサとニナが追われる身であることを一瞬忘れてしまうほど、穏やかな時間が流れていた。だが、その静けさは突然断ち切られる。別荘が襲撃され、銃撃戦が始まる。皆実と護道は狙撃犯を追い、雪の中を車で走る。その中に、国際テロ組織「ヴァッファ」の最高幹部・グレン・アラキの姿があることが判明する。ナギサをロシアへ連れ戻す任務を請け負ったのが、この組織だった。

銃撃の混乱の中で、皆実と護道は負傷し、別荘へと戻る。そしてこの事件を境に、亡命ミッションの様相は変わっていく。別荘の場所が把握されていたという事実は、内通者の存在を否応なく示し、日本側、アメリカ側、それぞれの立場や思惑が、水面下で交錯していることが浮かび上がる。

安全確保のため、ナギサたちは班を分けて空港へ向かうことになる。皆実、護道、ナギサ、ニナは同じルートを選ぶが、その移動の途中で、事態は再び急転する。ナギサがアラキによって連れ去られてしまうのだ。守っていたはずの存在は、あまりにもあっけなく引き離される。

その後、次々と明かされる事実が、物語の焦点を大きく変えていく。衛星自動監視システムの真の開発者はナギサではなく、娘のニナだったこと。ナギサと名乗っていた女性は姉のシオリであり、本当のナギサはすでに亡くなっていたこと。そして、シオリを連れ去った行為そのものが、ニナをおびき出すためのものだったという真実。

ニナを連れ去ったアラキを追い、皆実は海へ向かう。暗闇の中、並走する船。視界を奪われた状況で、皆実は護道の力を借りながらアラキを制圧する。ひとりで完結するのではなく、誰かと並び、役割を分けながら進む選択。船は防波堤に衝突し爆破するが、皆実とニナは間一髪で脱出していた。

亡命の日。ニナは“社会的に死んだ”ことにされる。生き延びるための選択だった。出国直前、皆実と護道はシオリのもとを訪ねる。そこで手渡されるのは、ナギサが遺していたデータだ。そこに映っていたのは、大学時代、和やかに時間を過ごす皆実とナギサの姿だった。護道は「解説しましょうか」と声をかける。だが皆実は、「解説はいらない」と答える。見えなくても分かる。その時間が、自分にとってどれほど大切だったのかを。皆実は、静かに涙を流す。それは感情が溢れたというよりも、確かに存在していた時間が、いまの自分の中にも残っていると確認するような涙だった。

『ラストマン FIRST LOVE』が描く“First Love”とは、恋の行方を指す言葉ではない。それは、皆実広見が誰かと世界を共有してもいいと感じた、最初の時間だ。失われた過去でありながら、消え去ることのなかった感覚。だから皆実は、いまも人を切り捨てない。誰かを利用する立場に立たず、誰かと並んで進むことを選び続ける。その判断の奥には、確かに、あの時間が生きている。

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