なぜ最後に、鈴木信也は笑ったのか――新たな立ち位置に見る映画『10DANCE』考察

邦画

映画『10DANCE』のラスト、杉木信也と別れたあと、鈴木信也は少し距離を取った場所で、ふっと笑顔を見せる。それは喜びでも、安心でもない。恋が成就したような、軽やかな表情とも違う。むしろ、張りつめた緊張がほどけた一瞬にだけ浮かんだ、短い笑みだった。この笑みが表していたものは何だったのか。本稿では、イギリスでの別れからアジアカップ、そして杉木との再会に至るまでの流れを辿りながら、鈴木信也がこの笑顔に辿り着くまでに起きていた心の変化を読み解いていく。

イギリスの夜、鈴木信也の涙は何を意味したのか

イギリスでの夜、鈴木信也は一気にいくつもの現実を突きつけられる。房子から知らされる、リアナが杉木信也の元恋人だという事実。ジュリオから語られる「試合のあと、リアナと結婚する」という未来。その話を聞いた杉木は、驚いた様子も見せず、ただ淡々と「おめでとう」と口にする。その冷静さこそ、むしろリアナを本気で愛していた時間があったことを、静かに滲ませていた。そこにあったのは、鈴木が入り込めない杉木の人生が、すでに積み重ねられているという現実だった。

だから鈴木は思う。「いいか杉木、お前には俺しか見えなくしてやる」この言葉は、愛の告白というより、抵抗に近い。奪いたい、特別でいたい、ここに居場所がほしい。そんな感情が混ざり合った、未整理の叫びだった。その気持ちを吐き出すかのように、その日の夜、鈴木は部屋を訪ねてきた杉木にキスをする。だが返ってきたのは、「あなたはもはや敵なんです」「結局あなたと僕は交われない」という言葉だった。

👇️杉木信也はなぜ「交われない」と言ったのか

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杉木が去ったあと、鈴木が涙を流したのは、振られたからではない。好きだという気持ちを否定されたからでもない。彼が絶望したのは、杉木に向かう自分しか知らなかったことだったのではないか。

好きでいる方法。
同じ場所に立とうとする理由。
感情をどう扱えばいいのか。

それらが一度に崩れ落ちた夜だった。

帰国後も、杉木は鈴木の中から消えない。ひとりで練習をしているとき、鏡の中に映るのは、無意識のうちに“杉木と組んで踊る自分”だ。これは未練や執着というより、身体に刻まれた記憶に近い。杉木という存在が、鈴木の中に残っているのだ。だが、その基準に縛られたままでは、どこにも進めないという感覚も、同時に芽生えていく。

好きな気持ちは残っている。それでも、その気持ちを行き先にしてしまえば、また同じ場所で立ち止まってしまう。イギリスで流した涙は、そのことを、鈴木に痛いほど教えていた。

そんなとき、アキとの会話が訪れる。「わたしたちはもっとやれる。あんたならどこまでだっていけんじゃん!」その言葉を聞いた瞬間、鈴木はアキを強く抱きしめる。その表情は、それまでの迷いとは違っていた。感情に押し流される顔ではない。これから進む方向を、もう一度自分の足で選び直した人間の顔だった。

アジアカップへの出場を決めたのは、その延長線上にある。杉木に向かうためではない。杉木と向き合える場所に立つためだ。追いかけるでも、選ばれるでもなく、ダンスで対等に立つこと――それこそが、鈴木なりの敬意であり、愛だった。だからこそ当日、「杉木先生がこの場に来ている」と告げるアキに、鈴木はこう返す。「もう二度と競技以外では会わない」それは、杉木を遠ざけるための言葉ではない。好きな気持ちを消すためでも、傷つかないためでもない。このフロアで、同じダンサーとして向き合うために、自分に課した線だった。

鈴木は、杉木を失ったわけではない。ただ、イギリスで崩れ落ちた“向かい方”を、そのままにしないと決めただけだ。好きなまま、同じ場所に留まらないために。

──その決意が、やがてアジアカップでの再会へとつながっていく。

ダンスの後の笑みに鈴木は何を想ったか――選び取られた新たな関係性

アジアカップ当日。杉木は会場にいた。ゲストとして現れた杉木を見ても、鈴木の表情は揺れない。試合を終えたあと、杉木は言う。「僕と踊ってくれませんか」

その申し出に、鈴木は驚かない。すぐに手を取ることもしない。一瞬、何かを考え、まっすぐに杉木の目を見る。その視線には、以前のような焦りも、渇望もない。杉木の申し出に、反射的に手を取ってしまう自分が、もういなかった。それは迷いではない。この一歩が、かつてと同じ場所へ戻るためのものなのか、それとも今の自分が選ぶダンスなのか――その意味を確かめるための沈黙だった。

鈴木は杉木の目を見る。そこにある感情を読み取ろうとしたわけではない。自分がこの距離で、感情に飲み込まれずに立っていられるかどうかを測っていた。杉木に引き寄せられるのではなく、同じ高さに立てているかどうかを、静かに確認している。

鈴木が考えていたのは、「踊りたいかどうか」ではない。このダンスが、自分を見失う行為にならないか。杉木に向かって差し出すものではなく、自分のダンスとして成立するか。その一点だった。そして、確かめ終えたあとで、鈴木はゆっくりと手を取る。それは衝動ではなく、選択だった。好きだからでも、求められたからでもない。この関係のなかで、もう一度踊りたいと思えたからだ。

そして鈴木はゆっくりと手を取る。この瞬間、ふたりの関係はこれまでと反転しているように見える。理性的だった杉木が、本能に突き動かされる側に立ち、感情で走ってきた鈴木が、状況を見極める側に回る。それは優劣ではない。同じ場所に、同じ立ち方で立てるようになったという変化だった。

👇️杉木はこの時、何を想ったか。

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ゲストダンスで踊るふたりの姿は、これまでのどのダンスとも違って見える。依存も、試すような視線もない。ただ、身体が身体として向き合っている。踊り終えたあと、ふたりはキスをする。微笑む杉木に対して、鈴木の表情は硬い。それは戸惑いではなく、集中に近い。今この瞬間を、軽い感情で終わらせないという意思が、そこに滲んでいる。

「10ダンスの決勝で会おう」そう言い残して去っていく杉木を、鈴木は真剣な表情で見送る。ここでも、追いかけない。引き止めもしない。そして、杉木と別れ、少し距離を取った場所で──鈴木は、ふっと笑う。その笑みは、恋が報われた人のものではない。安心でも、喜びでもない。張りつめていたものが、ほんの一瞬だけ緩んだ、その痕跡だ。

鈴木の中で、杉木への想いが薄れたわけではない。むしろその逆だ。誰よりも強く惹かれているからこそ、同じ場所に立ちたいと思った。追いかける側でも、見上げる側でもなく、ダンスの場で、対等な存在として向き合いたい――その欲求が、はっきりと形を持ちはじめていた。好きだからこそ、自分のダンスで立つ。その覚悟が定まったとき、鈴木はようやく、感情に足を取られずに前を向けるようになった。だからこそ、あの瞬間、鈴木は笑ったのだ。

そしてその笑顔の先に、まだ続きがあることを、鈴木自身が一番よく分かっている。だからこの物語は、ここで終わらない。「10ダンス決勝で会おう」という言葉が、約束として機能するのは、ふたりがもう、同じ地平に立っているからだ。ラストの笑みは、成就ではない。到達でもない。ようやく“交われない”という言葉の向こう側へ踏み出せた、その合図だった。

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