この映画を観たその日から、向井康二が演じるカイが胸をつかんで離さない。名作BL『2gether』を手がけたチャンプ監督の繊細な演出、そしてキャラクターとしてのカイの魅力ももちろんある。だが何よりも、向井が見せた“あの表情”“あの沈黙”こそが観る者の心を締めつけてやまない。本記事では、そんなカイを通して見えた俳優・向井康二の新境地を深掘りしていく。
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向井康二が“ミステリアスな男”を演じた意外性と説得力
心を揺さぶられる理由のひとつは、やはりこの意外性にあるのではないだろうか。カイという人物は「無口でミステリアス」。普段トークでは場を明るくし、人懐っこいムードメーカーな向井康二とは、まるで対極にある。
それなのに、彼の中でこの役が驚くほど自然に息づいている。演じているというより、カイがそのまま向井の身体を借りて生きているような——そんな錯覚さえ覚える。正反対のキャラクターであるはずなのに、なぜここまで“ハマって”いるのか。
劇中のさまざまなシーンに対して、舞台挨拶や副音声コメンタリーで軽やかにツッコミを入れていた向井だが、本人が思っている以上に、この役は彼自身の中に深く染み込んでしまっているのではないだろうか。まるで“明るさ”の奥にずっと眠っていた静かな感情が、カイという人物を通してようやく表に出てきたようにも感じる。
同じBLジャンルのタイドラマ『Dating Game』ではカリスマ的な社長を、現在放送中のドラマ『フェイクマミー』でデキる副社長はを演じ、いずれも新しい一面を見せてきたが、今回の『LOVE SONG』はその中でも“切なさの表現”が群を抜いている。笑わない、語らない、ただ“歌う”ことでしか自分を表現できないカイという人物を、向井は驚くほど繊細に演じている。セリフの少なさを逆手に取り、まなざしや沈黙に感情を宿すその演技は、痛みや恋しさを静かに滲ませながら観る者の胸を締めつける。
印象的なのは、ソウタの母と再会する場面だ。「まだソウタと仲良くしてくれているのね」と声をかけられた瞬間、カイの表情にほんのわずか影が落ちる。そこには、過去に言われたあの言葉の記憶——「カイくんといるとソウタの様子がおかしい」——がよみがえっている様子がリアルに伝わる。そのたった一瞬の目の揺らぎに、彼が背負ってきた痛みの年月が詰まっている。そしてソウタが自分の傘からヒカリの傘へと移る瞬間。その背中を見送るカイの表情が痛いほど苦しい。短いシーンだが、このシーンの一連の表現にカイのこれまで、そして空白の6年を観客に想像させてしまう確かな説得力がある。
思い返せば、映画『おそ松さん』でおそ松役を演じたときも、ギャグ映画の中で一瞬だけ見せた切なげな表情が妙に心に残っていた。ハルという謎の美少女とのやりとりのなかで、ほんの数秒、いつもの明るさとは違う“静かな顔”を見せた瞬間があった。今振り返ると、あの“わずかな切なさ”の片鱗がここで一気に花開いたように思う。
もしかすると、向井康二はあの頃からずっと——“表情で感情を語る俳優”になる予兆を持っていたのではないだろうか。
ライブで伝えた“言葉にならない告白”
本作最大のみどころは、やはりライブシーンだろう。カイがステージで『LOVE SONG』を歌うその姿に、観客の誰もが息をのんだ。この曲は、単なる劇中の挿入歌ではない。カイがソウタに向けて放つ“想いそのもの”であり、彼の人生で初めての告白だった。
ちなみに、このライブシーンがどんな意味を持つのかは、以前の考察記事でも詳しく触れている。
このようなライブシーンは通常、スタジオ録音した音源を映像にあてることが多い。しかし、本作のライブシーンはすべて向井康二の生歌で収録されたという。本来なら録音で整えられるはずの音が、現場で、感情のままに、繰り返し歌われた。本人が舞台挨拶で語っていたように、現場で繰り返しこの曲を歌った向井の喉は撮影が終わる頃には限界に近づいていたという。加えて『LOVE SONG 』のキーは向井が得意とする音域より高い。だが、あえて高めの音域で声を絞り出すことで、カイが想いを伝えようと必死にもがく姿がリアルに重なった。
声が震え、息がこぼれるたびに、観客は“カイがこの歌に命をかけている”ことを感じ取る。まるで、これまでの6年間を一音一音に刻むような熱量。向井康二の歌声には、技術ではなく生の感情が宿っていた。
そして、歌い終えたあとの表情。これほどまでに切なく、美しい顔を見せた向井康二がいただろうか。涙もセリフもなく、ただ苦しげに息を吸い込む。あの一瞬こそが、この映画のすべてを物語っている。光を受けて立つカイの顔には、6年間、誰にも言えずに抱えてきた想いをやっと吐き出した人間のひりつくような痛みと、「ちゃんとソウタに伝えられた」という安堵が入り混じっていた。涙ではなく、ほんのかすかな息と震えるまなざし。その静かな表情に、観客は息を止める。“想いを伝える”という行為が、こんなにも苦しく、そして美しいものなのか——。あの瞬間、誰もが心の中で確信したはずだ。カイのLOVE SONGは、恋の歌ではなく、祈りのような愛の形だったのだと。
おわりに|何度でも“カイ”に会いたくなる
観れば観るほど、カイという人物の魅力は増していく。初見ではただ切なく映ったまなざしが、2回目には痛みを伴う優しさに、3回目には言葉にならない“愛そのもの”に見えてくる。向井康二が演じるカイは、一度きりでは終わらない。彼の沈黙や笑み、ほんの一瞬の目線の動きが、見るたびに新しい感情を呼び起こしてくれる。それはまるで、何度聴いても飽きることのない“LOVE SONG”そのもののようだ。





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