永山吐夢という異常性|映画『マッチング』が描いた“静かな狂気”

邦画

Snow Man・佐久間大介が、映画『マッチング』で挑んだのは、これまでの彼のイメージを根底から覆す“静かな狂気”だった。彼が演じる永山吐夢(ながやまとむ)は、ヒロイン輪花が婚活アプリ「will will」で出会った青年。佐久間大介はこの作品で、アイドルとしての笑顔を封印し、静かな闇を湛えた新しい顔を見せている。永山吐夢というキャラクターを通して、佐久間が見せた“俳優としての新境地”を掘り下げる。

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永山吐夢という“静かな異常性”——その人物像と、佐久間大介が与えた輪郭

永山吐夢(佐久間大介)は、恋愛アプリ「will will」を通じて輪花(土屋太鳳)と出会う青年だ。彼が最初に発する言葉は、普通の恋愛の始まりにあるはずの温度から、どこか外れている。初対面で突然「親に捨てられた」と切り出す。それを語る口調には悲しみのような揺れはなく、むしろ淡々としている。

さらに続けて言う。「僕たちは運命でつながっている」「僕の愛は深海より深い」言葉だけ取り出せばロマンチックにも聞こえるが、吐夢の口から発せられると、その温度のなさが、輪花との距離を一気に押し広げてしまう。“伝えたい”というより“決めつける”ような、他者との接し方の歪み。それが序盤から小さな違和感として積み重なっていく。輪花が返事を控えても、一方的にメッセージを送り続け、ついには家の前にまで現れる。運営会社に相談すると、吐夢は過去にもアプリ上でトラブルを起こし、警察沙汰になったこともある人物だと明かされる。

ここまで並べれば「危険なストーカー」の一言で説明できる。だが、吐夢が単純な悪意の人物に見えないのは、彼の生活と内面に“静かな孤独”がひっそりと沈んでいるからだ。吐夢は普段、特殊清掃員として働いている。事故物件、孤独死の現場、残された痕跡。それらにただ淡々と向き合い、跡形を消す作業を繰り返している。そこには、誰かと深くつながれないまま、自分がこの世界でどう生きればいいのか分からない青年の影がある。そして、輪花との“合成結婚写真”。現実と願望の境界線が曖昧になっているその行為は、恋愛の理想像を自ら作り上げ、そこにしがみつくしかない彼の渇望を象徴している。

輪花にも観客にも、吐夢はつかみどころがない。表情と、そこに乗るはずの感情が噛み合わない。何を考えているのか、どこを見ているのか分からない。その“温度のずれ”が、彼の恐ろしさの根にある。

この人物像を支えているのが、佐久間大介の徹底した“抑制の演技”だ。普段の佐久間といえば、明るい笑顔とテンションの高いリアクションで周囲の空気を一気に変える存在だ。映画『おそ松さん』では破天荒なキャラクターを演じ、そのポテンシャルを存分に発揮していた。

だが『マッチング』の吐夢には、その片鱗がまったくない。笑顔はひとつもなく、声の抑揚もほとんどない。輪花を見るときの視線は、焦点が合っているようで合っていない。愛を語るはずの言葉が、まるで読み上げた台本のように平板で、温度を欠いている。佐久間は“何もしない”ことを徹底して選び、その静けさの中に吐夢の異常性を滲ませていく。

俳優が表情を動かさないというのは本来とても難しい。動かなければ情報がなくなるが、動かなければ“空気”は作れない。だが佐久間は、動かなさの中で“違和感”だけを残すことに成功している。ほとんど呼吸のような芝居で、観客の無意識にじわじわと不安を溶かし込んでいく。

だからこそ、終盤での爆発が生きる。静けさの奥に、何が沈んでいるのか。その答えが、物語のラストに向けてじわじわ立ち上がり、吐夢という人物像をただのストーカーでは終わらせない重みを与えている。佐久間が演じたのは、単なる“異常”ではなく、“孤独が作り出した異常”。その輪郭を静かに、だが確かに形作っていく過程こそ、本作最大の見どころのひとつだ。

最後に示される、彼が背負っていた“もうひとつの闇”

永山吐夢という人物の恐ろしさは、行動そのもの以上に、“静けさの奥に潜む何か”がいつ形を変えるのか分からない点にある。物語前半、彼は一貫して静かだ。輪花に向ける視線も淡々としていて、声のトーンもわずかに揺れる程度。相手が拒否しても一歩も引かず、しかし怒るわけでもなく、淡々と距離を詰めてくる。

この“抑えた不穏さ”が続くからこそ、観客は知らず知らずのうちに緊張を積み重ねていく。そして——その静けさは終盤、一瞬で崩れ落ちる。輪花が影山(金子ノブアキ)に襲われた瞬間、吐夢はそれまで一度も見せなかったほどの声量で叫ぶ。「僕はストーカーだが、あいつは殺人鬼だ!」無表情で淡々としていた男が、急に全身で感情を荒げ、衝動的に動き出す。この“静”から“爆発”への急激な振れ幅は、吐夢の感情の複雑さと危うさを一気に露わにする。

前半で徹底して冷たさと無機質さを保っていたからこそ、後半の爆発は観客にとって予測不能だ。「この男はどこまで本気なのか」「どこまで危険で、どこまで純粋なのか」そんな相反する感情が同時に湧き上がる。これこそが、佐久間大介の演技が吐夢という人物を“一言で語れない存在”にしている理由だ。大きな感情表現を避け、細部だけを丁寧に変化させてきたからこそ、爆発の瞬間が強烈な光を放つ。

物語はここからさらに意外な方向へと進んでいく。輪花を襲った影山が、実は輪花の父の不倫相手・節子の息子であり、連続殺人事件の真犯人だったことが判明する。吐夢は輪花をかばって負傷し、病院に運ばれる。輪花は服や靴を選んでプレゼントし、二人で水族館を訪れるシーンでは、ようやく心が通じたかのような穏やかな空気さえ流れる。

ここだけを切り取れば、吐夢は“孤独だが純粋な青年”にも見える。だが、映画はそこで幕を閉じない。ラストで明かされるのは、吐夢もまた節子と輪花の父との間に生まれた子どもであり、影山の弟だったという事実。さらに——影山逮捕後も殺人事件は続き、吐夢がその一端を担っていたことが示唆される。

輪花を守った“救世主”に見えた男が、実は物語の裏側にも関わっていたかもしれないという反転。この立ち位置の揺らぎこそ、吐夢という人物を語るうえで欠かせない。物語が進むほど、彼が抱えているのは救われない孤独ではなく、他者への感情がどこか欠落したまま歪んでいった危うさそのものだと分かってくる。

影山が逮捕されたあとも続く一連の殺人事件に吐夢が関わっていた可能性が示されたことで、観客はようやく理解する。——彼はやはり“あちら側”の人間なのだ、と。この瞬間、物語序盤から漂っていた“不気味さ”と、中盤の“静かな狂気”が一本につながる。輪花を助けた行動すら、善意か執着か、その境界が見えない。

吐夢には“救い”と呼べる部分はほとんど存在しない。ただ、彼の中に流れている温度の低い感情——それがどんな方向に傾くか分からない不安定さが、キャラクターをより恐ろしくしている。その“恐ろしさ”こそ、佐久間大介の演技が作り出したものだ。表情をほとんど動かさないまま、視線の揺らぎや声のわずかな震えだけで気配を変えていく。説明的な悪意をまったく見せず、ただ“普通ではない人間”としてそこに立ち続ける。

だからこそ、爆発したときの感情も、輪花への執着も、ラストの不穏な余韻も、すべてが一貫して“吐夢という人物のリアル”として成立している。永山吐夢は、理解しようとしても手が届かない。どれほど観察しても、その内側には降りていけない。そんな 圧倒的な“不気味さ”を成立させた佐久間大介の演技 の存在が、このキャラクターを忘れがたいものにしている。

映画『マッチング』とは?

🎬作品基本情報

  • 作品名: マッチング
  • 公開日: 2024年2月23日(金)
  • 監督・脚本: 内田英治(『ミッドナイトスワン』『名も無き世界のエンドロール』)
  • 主演: 土屋太鳳
  • 共演: 佐久間大介(Snow Man)、金子ノブアキ、真飛聖、片山萌美、杉本哲太、斉藤由貴、片岡礼子
  • 制作: KADOKAWA
  • 上映時間: 約109分
  • ジャンル: サスペンス・スリラー

『マッチング』は、2024年2月公開の心理サスペンス映画。監督・脚本は『ミッドナイトスワン』の内田英治。主演は土屋太鳳、共演に佐久間大介、金子ノブアキ、真飛聖と実力派が並ぶ。アプリで出会った男女の関係が、愛から狂気へと変わっていく過程をスリリングに描き出し、SNS時代の人間関係に潜む闇を鋭く突く。

『マッチング』は現在、Prime Videoで見放題配信中
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