『LOVE SONG』をもう一度観たらまったく違う物語が見えてきた——。初見では気づかなかったカイとソウタの心の距離、そして、言葉ではなく“音”で語られる愛のかたち。2人が交わす視線、触れそうで触れない距離、沈黙の中に流れる感情の濃度を知ってしまうと、この作品はもう単なるラブストーリーではいられない。
本記事では、再鑑賞で浮かび上がる“言葉にできない愛”を、カイとソウタ、それぞれの視点から深く掘り下げていく。(※ネタバレを含みます)
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カイが大学を去った“あの日”に隠された痛み
高校時代、カイはソウタの家に泊まった夜、ソウタの母にこう言われた。
「カイくんといると、ソウタの様子がおかしいの」
その言葉は、まだ恋というものを理解しきれなかった少年の心に深く刺さった。“自分がそばにいることで、彼が変わってしまうのなら——”カイはその瞬間、自分の気持ちを押し殺すことを決めた。それでもソウタのそばにいることだけはやめられなかった。想いを見せず、ただ“親友”として隣に立ち続けた。だが、大学に進学してしばらく経ったある日、再びソウタの母と出会う。
「まだソウタと仲良くしてくれてるのね」
その言葉は穏やかな口調とは裏腹に、カイの心をナイフのように切り裂いた。その瞬間、彼の中で何かが静かに壊れた。恋心を封じ込めたはずなのに、“好き”という感情がまだ確かに生きていることに気づいてしまったから。それは許されない想いであり、どうにもできない衝動だった。誰にも相談できず、誰にも止められず、カイはただ一人でソウタのもとを去った。
それは逃げではなかった。“彼の人生に傷を残したくない”という必死の願いだった。だが、その選択はカイ自身を深く傷つけた。恋を諦めるということは、生きる意味を手放すことに似ていた。
——そして、時が過ぎる。
タイでの再会は、ソウタにとって奇跡だった。でも、それはカイにとっても同じだった。もう二度と会えないと思っていた人に、再び出会えた。ただそれだけで、胸の奥が痛いほどに熱くなる。けれど、彼はまた同じ選択をする。“この想いは言葉にしてはならない”という想いは変わらない。だとしたらまたソウタの元を去るしかない。その代わりに、カイは音楽を選んだ。歌に、旋律に、言葉の代わりのすべてを込めて。
彼にとって、歌うことは祈りだった。ソウタの幸せを願いながら、どうしても消えない自分の想いを、せめて音に変えて残しておきたかったのだ。
未完成のLOVE SONGに込められた想い
カイが学生時代から作り続けていた“LOVE SONG”。それは、誰に聴かせるでもない、たった一人のための曲だった。大学を去ったあの日からも、そのメロディだけは手放さなかった。どんなに時が過ぎても、最後の一節を書くことができなかったのは、その想いが終わっていなかったからだ。
カイにとって、その曲はソウタそのものだった。恋というにはあまりに静かで、友愛というには深すぎる想い。言葉にしてしまえば壊れてしまうほどの、かたちのない愛。だから彼は、それを“音”に変えて残そうとした。
物語の後半で明かされるように、カイが音楽をはじめたきっかけはソウタだった。高校時代、ソウタは拾ったピックをなにげなくカイに渡した。ソウタは忘れていたが、カイはその時のピックを今でも大切にしている。大学を去ってからも、カイが音楽をやめなかったのは、それが唯一、ソウタとつながっていられるものだったからだ。音を奏でることで、彼の存在を感じられた。たとえ言葉を交わさなくても、“彼がいる”という実感だけが、カイを支えていた。
そして再会。もう二度と会わないと決めたはずの人が、目の前に立っている。その瞬間、止まっていた旋律が動き出した。彼の中でずっと“未完成”だった曲が、ようやく続きを求めはじめたのだ。
カイにとって、その曲を完成させることは、過去と向き合うことでもあり、ソウタへの想いをもう一度信じることでもあった。6年前は、愛する人の幸せを願って別れを選んだ。けれど今度は、彼の前で正面から歌いたい——その想いが、音楽を完成へと導いた。
再会を経て、カイはようやく気づく。“この想いは、消さなくていい”。「好き」とは言えないかもしれない。けれど音楽なら、正直なまま届けられる。それが彼にとっての“告白”であり、“贖い”だった。
だからこそ、ライブで歌うことには意味があった。それはソウタに届くかもしれない、最後のメッセージ。未完成のままでは終われない恋の続きを、音に乗せて伝えるための場所だった。
カイがこのタイミングで曲を完成させたのは、かつて“想いを伝えないまま”突然姿を消してしまったことを、ソウタに再会して初めて後悔したからではないか。あの時は、立ち去ることが彼のためだと信じていた。けれど、何も告げずに別れたことは、実はカイの心のしこりとなっていた。だからこそ、せめてこの奇跡の再会の瞬間にだけは、結ばれることはなくても、音楽というかたちで自分の想いを伝えたかったのだ。そしてその歌は、彼の中にあった後悔を解き放ち、6年前には言えなかった「好き」を、ようやく世界に放ったのだった。
それは、彼にとっての“言葉”。音でしか語れなかった、静かで真っ直ぐな愛の告白だ。
抱きしめる力に込められた“答え”
カイが学生時代から作り続けていた“未完成の曲”。それは、言葉にできなかった想いのかけらだった。好きだと伝えられずに別れたあの日から、そのメロディだけが彼の中で静かに鳴り続けていた。そして再会後、カイはその曲をライブで披露する。柔らかな照明の中で歌う彼の姿に、ソウタの胸は熱く、そして痛く締めつけられる。けれどその曲を聴きながら、ソウタは勘違いしてしまう。——この歌は、きっと別の誰かを想って作ったものだ。
そう思った瞬間、涙が止まらなくなった。自分がどれだけ彼を想っていたのか、そして“叶わない恋”だと信じていたことを痛感する。
だがその夜、2人は再び結ばれる。酔いつぶれたソウタを家に連れ帰り、何も言わずにそばにいたカイ。眠る彼の頬に触れた指先から、6年前に飲み込んだ想いがこぼれ落ちるようだった。あの夜、ようやく2人の気持ちは通じ合った。
けれど、幸せは長く続かない。翌朝、ソウタは不安に襲われる。“また彼はいなくなってしまうのではないか”。心の底に沈んでいた恐れが、愛を確かめた直後に顔を出す。感情を抑えきれず、ソウタはカイにぶつけてしまう。「またどこかへ行くのか?」その言葉には怒りよりも、“失いたくない”という必死な想いが滲んでいた。
けれどカイには、ソウタに言えない理由があった。高校時代、ソウタの母に言われたあの言葉——「カイくんといると、ソウタの様子がおかしい」。あの時から彼は、“自分がそばにいれば、彼の人生を壊してしまう”と信じていた。愛しているのに、また同じ痛みを与えてしまう。その矛盾に耐えきれず、カイは再び姿を消すことを選ぶ。お互いの想いがようやく通じたのに、ふたりはまた離れ離れになってしまう。
——半年後。
日本での日々を過ごしていたソウタは、カイがタイで再びライブを開くことを知る。もう一度会いたい。その気持ちだけで、飛行機が苦手なソウタはひとりでバンコクへ向かう。しかし、到着した時にはライブは終わっていた。誰もいない夜明けの街をさまよい歩くソウタ。その背中に、静かに声がかかる。
そこに立っていたのは、カイだった。偶然のように見えたその再会は、実はカイが仕掛けた“呼びかけ”だったのかもしれない。
どうしていいかわからず、ソウタを手放してしまったけれど、本当は彼に来てほしかった。ライブは、ソウタへのメッセージだったのだろう。そして、彼は確信していた。——ソウタは必ず来る。
だからライブが終わったあと、カイは街を歩きながらソウタを探していたのではないか。いつも冷静な彼が、あの時ばかりは不安で仕方なかったに違いない。そして、ふたりは再び出会う。息をのむような朝の空気の中で、ソウタは初めて言葉にする。
「カイが好きだ」
それは、彼にとって勇気のいる告白だった。ずっと心の奥で封じてきた想いを、ようやく解き放った瞬間。その言葉を聞いたカイは、何も言わない。ただ、強く抱きしめる。それは「ありがとう」でも「ごめん」でもなく、“ずっと想っていた”という答え。その腕の力強さに、カイの苦しみと、ソウタへの愛のすべてが宿っていた。
言葉では伝えられなかった6年間の想いが、その抱擁ひとつでようやく報われる。この瞬間こそが、カイにとっての“LOVE SONG”。
彼の中でずっと未完成だったあの曲が、ようやく完成したのだ。
おわりに|あの抱擁の意味を、あなたはどう受け取る?
再会しても、すぐにうまくいく恋ではない。それでもカイとソウタは、お互いを想い続けた6年間を経て、ようやく“言葉のいらない愛”のかたちにたどり着いた。音楽は、ふたりが心をつなぐ唯一の手段だった。言葉では壊れてしまう関係を、音に託して、旋律で確かめ合う。それがこの映画『LOVE SONG』の本質だと思う。
1回目は物語として、2回目は想いの意味として、観るたびに違う涙が流れる——そんな映画だ。





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