「近くにいるのに遠いな」──杉木信也がラストで辿り着いた場所 | 映画『10DANCE』考察

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「近くにいるのに遠いな」アジアカップの会場で、杉木信也が静かに口にしたこの言葉。半年という時間は、二人の関係をどう変えたのか。そして杉木は、その“遠さ”を前にして、何を選ぼうとしていたのか。本稿では、「近くにいるのに遠い」という言葉に込められた心情と、ラストダンスで杉木が辿り着いた場所を、彼の視点から読み解いていく。

近くにいるのに遠い──線を引いた“その後”の杉木信也

物語の終盤。アジアカップの会場で、杉木信也は控室にいた。鈴木信也が同じ会場にいることを知りながら、杉木は静かにこう呟く。「近くにいるのに遠いな」その言葉に、困惑や動揺はない。杉木の表情はむしろ落ち着いていて、どこか安堵すら感じさせる。それは距離を嘆くための独白ではなく、今ある距離を確かめるような一言だった。

「交われない」と線を引いてから、半年が経った。あの日、自分は自分の意思で距離を取った。だが、その線が鈴木にどう受け取られたのか、杉木には分からない。連絡を取ることも、会うこともなく過ぎていった半年。だが、鈴木が世界の舞台で踊り続けていることは、杉木にとって無視できない事実だった。国内チャンピオンという場所にこだわっていた鈴木が、世界と向き合い続けている。その姿は、自然と杉木の意識を引き寄せる。

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映画『10DANCE』考察「交われない」――この言葉に、杉木信也は何を隠したのか|壊れないために引いた境界線
映画『10DANCE』考察。「交われない」と杉木信也が告げた理由とは何だったのか。リアナの言葉、世界大会、スペシャルオナーダンスを軸に、その一言に隠された感情と必然を読み解く。

かつて杉木は、鈴木に「これ以上関われば壊されてしまう」と感じるほど、近づいていた。感情を揺さぶられ、制御してきた均衡が崩れ、踏み込めばもう戻れなくなる。そう思うほどの距離だったからこそ、今の距離が余計に遠く感じられてしまう。「近くにいるのに遠い」という言葉は、その落差を示している。過去に“壊れるほど近づいた”からこそ、今の距離がはっきりと意識されるのだ。

杉木は、この半年のあいだも競技者であることも、ダンサーであることも、何ひとつ変わっていない。それでも、控室に立つ杉木の中には、わずかな違和感が残っている。踊れていないわけではない。成立していないわけでもない。だが、どこかが満ち切っていない。

そこに差し込まれるのが、マーサの言葉だ。「ダンスは技術でも体力勝負でもない。愛をもって完成する」かつてなら、この言葉は危うい理想論として片づけられていたかもしれない。それは、杉木が最初から「愛」を否定していたからではない。むしろ彼は、一度その言葉を信じた側だった。リアナとペアを組んでいた頃、杉木のダンスは確かに「愛をもって完成していた」のかもしれない。感情を預け、関係性ごと踊りに差し出す。だがその結果として返ってきたのは、「あなたと一緒では1位を取れない」という決定的な否定だった。愛と結びついていたはずのダンスは、あまりにも脆く、簡単に切り捨てられるものだった。その経験を経て、杉木は変わった。愛ではなく、完成度を。感情ではなく、制御を。誰かと交わることよりも、誰にも揺るがされない構造を選ぶようになった。誰かに感情を預け、コントロールを手放すことは、再び壊れる可能性を孕んでいる。だからこそ杉木は、意識的に「愛」と距離を置くようになったのだ。

だが今、この言葉は違って響いている。答えとしてではなく、確かめるべき問いとして、杉木の中に留まっている。

「近くにいるのに遠い」

その距離を認識したとき、杉木の中には、すでに覚悟が芽生えていたように見える。この遠さを嘆くのではなく、これからどうするのかを選ぶ覚悟だ。そして杉木は、ひとりでフロアへ向かう。それは衝動ではない。距離を確認し、その先に進むことを決めた者の、静かな選択だった。

「愛をもって完成した」杉木信也の踊り

アジアカップの会場で、ゲストダンスの時間が告げられる。呼び上げられた名前は、「杉木信也、矢上房子」観客が思い描くのは、完成度の高いペアダンスだ。正確で、制御された、安心して見られるショー。それは、これまで杉木が何度も見せてきた姿でもある。

だが、フロアに現れたのは杉木ひとりだった。一拍遅れて、会場がざわつく。パートナー不在という事実は、予定されていた“完成形”を崩す。それでも杉木は立ち止まらない。観客ではなく、フロアの端にいる鈴木信也だけを、まっすぐに見据えて歩いていく。

そして、静かに、しかし確かに差し出される言葉。「僕と踊ってくれませんか」それは指示ではない。挑戦でもない。競技の申し出でもない。ダンスフロアで、初めて誰かに向けて差し出された“願い”だった。

これまでの杉木のダンスは、完成度を成立させるためのものだった。支配し、制御し、相手を自分の構造の中に組み込むことで、完璧な形を作る。その姿勢は、物語の冒頭で描かれる控室の場面にもはっきりと表れている。事故によって動揺した房子を次のダンスに立たせるため、杉木は彼女を叱責し、精神を削るようにして“踊らせた”。その時の房子は、自分の意思を持つダンサーというより、完成度を成立させるための操り人形に近かった。

だが今、同じダンスフロアで、杉木はまったく逆の立場に立っている。相手に従わせるのではなく、選ぶ権利を鈴木に渡している。応じるかどうかを、相手に委ねている。

鈴木がフロアに立つ。二人は向き合い、踊り始める。そこにあるのは、これまでのような一方的な制御ではない。呼吸を感じ、重心を預け、相手の動きに反応し続けるダンスだ。相手を自分の構造に当てはめるのではなく、その場で関係を作り続ける。

そのとき、杉木の表情は、これまでとは明らかに違っている。緊張はある。集中もある。だが、それだけではない。どこか柔らかく、いきいきとしている。完成度を守るために固めた顔ではなく、相手と踊っていることそのものを受け取っている表情だ。

ここで初めて、マーサの言葉が意味を持つ。「ダンスは技術でも体力勝負でもない。愛をもって完成する」それは、誰かを支配することでも、感情を演出に変えることでもない。相手と向き合い、選び合い、関係を引き受ること。その結果として、ダンスが完成するということだ。

杉木はこの瞬間、その意味を体感している。完成度のために踊ってきた男が、勝利のためでも、物語を消費させるためでもなく、ただ一人の相手に向けて踊っている。「近くにいるのに遠い」と確認した距離は、消えたわけではない。だが、その距離は、もはや恐怖ではなくなっている。同じフロアに立ち、同じ呼吸で踊ることで、距離は“向き合うもの”へと変わった。

愛から距離を取り、完成度と制御の中で踊り続けてきた杉木信也は、最後のダンスで、初めて自分の選択を誤魔化さなかった。誰かの視線のためでも、物語を成立させるためでもない。ただ、目の前にいる相手と踊るという行為を、まっすぐに引き受けた。

踊り終えたあと、キスを交わすふたり。「10ダンスの決勝で会おう」と告げ、杉木は微笑んで去っていく。張りつめていた何かが、ふっとほどけたような表情だった。自信と余裕、そして長く抱えてきた緊張から解放された安堵。そのすべてが同時に混ざり合い、初めて“自然な顔”でダンスフロアを離れていく。そこには、これまでのような緊張も、自己防衛もない。自分の愛を信じられた人間の、静かな表情だけが残る。

愛は、ダンスを不安定にするものではなかった。恐れるべきものでも、排除すべきものでもなかった。それを受け入れたとき、杉木のダンスは、初めて欠けていない形を得る。物語はそこで終わる。だが、あの表情を浮かべた杉木が、次の舞台で何を踊るのかは、もう疑う必要がない。彼はすでに、次のステージへ踏み出している。

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