目黒蓮、静寂に宿る「熱」の正体――『ザ・ロイヤルファミリー』『わた婚』で見せた、唯一無二の表現力

邦画

2月6日、目黒蓮主演映画『ほどなくお別れです』が公開される。予告編で印象的なのは、整った輪郭の奥に確かな逞しさを感じさせるその表情に、一筋の涙を浮かべる姿だ。感情を大きく露わにするのではなく、抑えたまま滲ませるようなその佇まいに、物語の余韻と、役が抱える内面の深さを想像してしまう。静かな佇まいの内側に、確かな熱を宿した芝居。目黒蓮を象徴するようなその表現は、近年さらに研ぎ澄まされている。本稿では『ほどなくお別れです』の公開を前に、彼がこれまで演じてきた“静の芝居”を振り返りながら、その現在地を探っていきたい。

目黒蓮が見せる“張りつめた静”

『ほどなく、お別れです』は、就職活動に行き詰まり、自分の居場所を見失っていた清水美空(浜辺美波)が、「亡くなった人の声を聴く力」をきっかけに、葬祭プランナー・漆原礼二(目黒蓮)と出会うところから始まる。葬儀会社のインターンとして働く美空は、遺族の深い喪失と向き合いながら、「遺族だけでなく、故人も納得できる葬儀とは何か」という問いに向き合っていく。本作で目黒蓮が演じる漆原礼二は、受け入れがたい別れを担当する葬祭プランナーだ。故人や遺族へは誰よりも誠実に向き合う一方、インターンの美空には毒舌で人遣いも荒い。その厳しさは時に冷酷にも映るが、それは葬儀という場で「感情を外に出さない」ことを自らに課してきた、彼なりのプロフェッショナリズムの表れでもある。

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こうした漆原の佇まいに重なるのが、目黒蓮の芝居が持つ「静と熱の緩急」だ。目黒が見せてきた静かな演技は、常に何かをこらえ、内側に抱え込んでいることが伝わってくる“張りつめた静”である。内に熱を溜めたまま抑え続けるからこそ、その静けさ自体に温度が宿り、ふとした瞬間に感情が前に出たとき、その余韻が強く残る。“静”を丁寧に積み重ねてきたからこそ、熱が帯びた場面の印象が深く刻まれる──それが、目黒蓮の芝居が観る者の記憶に深く残る理由なのではないか。そうした緩急がわかりやすく表れていた一例が、2025年秋放送のドラマ『ザ・ロイヤルファミリー』である。

同作で目黒が演じた耕一は、人材派遣会社「ロイヤルヒューマン」の創業社長であり、競馬界では名の知れた馬主・耕造と、母・中条美紀子の間に生まれた青年だ。父の存在を知らず、母と二人で生きてきた時間を、不遇として語るのではなく、自分の足で着実に積み重ねてきた。競馬に強い情熱を注ぎ、大学では競馬研究会に所属。そんな彼の歩みを、過剰な説明ではなく、落ち着いた所作や視線の迷いのなさで示していく。感情を誇張しないからこそ、この人物が「自分の選択でここに立っている」ことが、自然と伝わってくる。感情を外に振りかざさずとも、内側に確かな熱を抱えていることが伝わる──そんな芝居が、耕一という人物像に説得力を与えていた。

この作品において、目黒が見せた“静”の芝居で特筆すべきは、有馬記念のシーンだろう。耕造が心血を注いだ競争馬「ロイヤルホープ」の引退試合。雨の中、ホープはいきなり先頭に立つという想定外のレース展開を見せる。 周囲がざわつく中、耕一は、雨に打たれながら一点を凝視していた。「このままだと最後までもたない」。そう呟く彼は、誰よりも冷静に状況を分析し、ホープの体力を案じている。しかし、その瞳の奥には、分析を超えた「信頼」の火が灯っていた。表情を大きく動かさず、ただ雨の中で一点を見据えるその強固な眼差し。だからこそ、最終直線で彼が喉を枯らして叫んだ「いけ!」という一言は、それまで抑え込んできた感情のすべてを乗せて、視聴者の胸を熱く焦がしたのだ。

静けさの中に宿る“愛”を表現

ドラマ『ロイヤルファミリー』で、“静”の内側に抑え込まれた“熱”を証明したとすれば、映画『わたしの幸せな結婚』で目黒蓮は、その静けさの中に宿る“愛”を、丁寧に描き出した。物語は、特殊能力である異能の名家に生まれながらも力を持たず、家族から虐げられてきた斎森美世が、無慈悲と噂される軍人・久堂清霞のもとへ嫁ぐところから始まる。愛情のない政略結婚。心を閉ざして生きてきた二人が、同じ屋根の下で少しずつ距離を縮めていく物語だ。

目黒が演じた久堂清霞は、感情を排除し、合理性と規律を最優先に生きる軍人である。初対面の美世に対し、「出ていけと言ったら出ていけ、死ねと言ったら死ね」と、文字通り氷のような言葉を突きつける。その言葉だけを見れば、心を寄せる余地のない宣告のようにも映る。一方で、清霞が実は誰よりも美世を観察し、気にかけている人物であることを、目黒はごく短いやりとりの中で印象づける。

それがはっきりと表れるのが、美世が久堂家に来たばかりの頃、清霞が帰宅する場面だ。お風呂が沸いていないことを知った清霞は、責めることも言葉で気遣うこともなく、異能を使って湯を沸かす。その最中、彼はほんの一瞬だけ美世のほうを見る。長い視線ではない。ただ、「これでいいだろうか」と反応を確かめるような一瞬だ。湯が沸き、驚いた表情で湯船を見つめる美世。その横顔を捉えた次の瞬間、清霞の表情がふっと緩む。これもまた一瞬にすぎない。だがそのわずかなほころびで、美世の反応を嬉しく思ったことが、はっきりと伝わる。冷徹で淡々としているように見える清霞が、実はどれほど相手の様子を気にかけ、内側に熱を秘めている人物なのか。目黒蓮は、それを大きな台詞や感情表現に頼ることなく、この短いやりとりだけで繊細に浮かび上がらせている。

『ザ・ロイヤルファミリー』で見せた、静けさの奥で、確かに燃え続けていた思い。 『わたしの幸せな結婚』で見せた、不器用で深い慈愛。 その両方を持ち合わせた目黒蓮が、新作『ほどなく、お別れです』で、一筋の涙と共にどのような答えを提示してくれるのか。静かな佇まいの内側に、消えることのない熱を宿して。俳優・目黒蓮の「表現」は、今この瞬間も深化を続けている。

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