キム・ソンホ、「ロマコメ」に帰ってきた現在地|言葉を飲み込む瞳が語るもの

Netflixで2026年1月16日に一挙配信された『この恋、通訳できますか?』。画面越しに、かつてと同じようでいて、どこか深みの増した彼の眼差しを見つめる時、胸の奥から一つの確信が込み上げてくる。​やはり、ロマコメには、キム・ソンホというピースが不可欠だったのだ、と。

​思えば、2021年の『海街チャチャチャ』で社会現象とも言える癒やしを振りまいた直後、彼は表舞台から姿を消した。その後、復帰の場として彼が選んだのは、これまでのイメージを鮮やかに裏切るノワールの世界だった。あえて「ロマンス」を脇に置き、暗闇の中で演技の刃を研ぎ澄ませた沈黙の季節。​そのストイックな研鑽を経て、彼は再び、「ロマコメ」へと戻ってきた。

『海街チャチャチャ』で魅せた「圧倒的な包容力」と「生活感に宿る気品」

​時計の針を少し戻してみよう。日本中で「ホン班長ブーム」を巻き起こした『海街チャチャチャ』(2021年)。彼が演じたホン・ドゥシクという男は、単なるラブコメのヒーローという枠には収まりきらない、あまりにも巨大な「癒やし」そのものだった。

​漁港の町コン・ジンで、彼は「ホン班長」と呼ばれ、町のあらゆる困りごとを解決していく。ペンキを塗り、魚を捌き、時にはお年寄りの話し相手になる。彼が画面の中で放っていたのは、遠い国の王子様のような非現実的な輝きではなく、私たちの隣にいてほしいと切望させる「等身大の優しさ」だった。

​キム・ソンホの芝居が、なぜあれほどまでに私たちの心を溶かしたのか。それは、彼が演じる「陽」のエネルギーが、常に深い「余白」を孕んでいたからに他ならない。誰にでも平等に、明るく振る舞う彼の笑顔の裏側には、時折、深い海の底を思わせるような寂しげな影が過った。饒舌な言葉で周囲を賑わせながらも、自分の核心に触れられそうになると、すっと一定の距離を保つ。その繊細な「距離感の設計」こそが、キャラクターに実在感を与え、単なるハッピーエンド以上の感動を呼んだのだ。

​当時、私たちが彼に求めていたのは、傷ついた魂をそっと包み込んでくれるような圧倒的な包容力だった。彼は脚本に書かれた以上の体温をキャラクターに宿し、視聴者が抱える孤独や疲れを、物語を通じて代わりに癒やしてくれた。キム・ソンホという俳優が持っていた「圧倒的な包容力」と「生活感に宿る気品」、そして何より「視聴者の心にそっと寄り添う癒やし」。あのコン・ジンの眩しい陽光と、彼の柔らかなエクボが重なり合う景色は、コロナ禍で閉塞感に包まれていた世界にとって、数少ないホッと出来る時間だったのではないだろうか。

言葉の奥底に潜む「熱」――チュ・ホジンという静かなる衝撃

一方、最新作『この恋、通訳できますか?』では、俳優としてのまた新たな境地を見せてくれている。 物語は、多言語を自在に操る通訳士、キム・ソンホ演じるチュ・ホジンと、自分とは正反対の奔放なトップ女優チャ・ムヒ(コ・ユンジョン)が出会うことから動き出す。他者の言葉を正確に届けることを生業とする役どころは、皮肉にも、自身の本音をどの言語にも置き換えられない男の物語でもあった。

画面の中に現れた彼は、かつてのホン班長とは別人のように落ち着いた、大人の男の空気を纏っている。感情を律し、常に一歩引いて他者をサポートする通訳士としての佇まい。しかし、物語が進むにつれて、私たちはその静寂な瞳の奥に、かつてのドゥシクが持っていたものと同じ、火を灯したような温かな「根っこ」を見出すことになる。かつては快活な振る舞いで周囲の心を解きほぐした彼が、今作では「語らぬこと」のなかに愛を沈めているのだ。

特に観る者の胸を締め付けたのは、彼が抱え続けてきた「兄の恋人への秘めた想い」という切ない背景だ。愛する人の側にいたいけれど、決して一線を越えてはいけない。彼は自分の感情を、誰にも読み取れない言語のように自分の中に閉じ込めて生きてきた。伝えたい言葉を飲み込み、何事もなかったかのように微笑むチュ・ホジンの姿は、大人の分別と、それゆえの孤独を色濃く反映している。

『海街チャチャチャ』で見せた、ひっそりと孤独を押し殺していたあの「抑制」が、今作ではより静謐で、成熟した大人のマナーとしての「自律」へと昇華されている。その隠しきれない切なさが画面越しに伝わってくるたび、私たちは俳優キム・ソンホが積み重ねてきた時間の豊かさを確信せずにはいられない。

そして、理性を保ち、自分を押し殺してきたホジンが、ついにヒロイン・ムヒと結ばれるシーン。そこで彼が見せたのは、あくまで大人として彼女を慈しむように包み込みながらも、指先や眼差しの端々から隠しきれない愛しさが、抗いようもなく滲み出してしまう――そんな、魂の震えに近い切実さだった。職務として言葉を紡いできた男が、自身の愛を目の前にして言葉を失い、ただただ彼女を慈しむ。その瞳に宿る熱量と、僅かに震える呼吸。理路整然とした大人の仮面がふとした瞬間に揺らぎ、一人の男としての渇望が純粋な愛となって溢れ出す。

私たちは、彼の変化に驚きながらも、どこかで安堵している。形は変わっても、彼が演じる人物の根底にある、人を愛することの純粋さと、その体温の高さは変わっていないからだ。チュ・ホジンという男を通じて、彼は今、痛みを抱えながらも愛に手を伸ばす「一人の大人」としての、新しいロマコメの地平を切り拓いている。

「やはり、キム・ソンホのいるロマコメはいい」

かつて、コン・ジンの海辺で見せたドゥシクの微笑みは、私たちの日常に確かな温もりを灯してくれるものだった。けれど今、目の前にいるチュ・ホジンの、言葉を飲み込み、痛みを抱えながらも誰かを慈しもうとするその眼差しもまた、今の私たちにとって、たまらなく愛おしいものなのだ。

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