町田啓太、『九条の大罪』壬生で見せた狂気 『10DANCE』との違いと共通点

町田啓太という俳優の底知れなさ。それを改めて突きつけられたのが、Netflixで配信が始まった『九条の大罪』だった。​本作で彼が演じるのは、裏社会で生きる半グレのリーダー・壬生憲剛。これまでのクリーンで知的なパブリックイメージを鮮やかに裏切る、静かなる狂気を纏った役どころだ。しかし、この「壬生」という男の造形を紐解いていくと、ある一つの作品が頭をよぎる。同じくNetflix作品として記憶に新しい『10DANCE』で彼が演じた、完璧なる社交ダンサー・杉木信也だ。​一見すると対極に位置する「半グレ」と「ダンサー」。町田啓太というフィルターを通したとき、この二人はそれぞれ全く異なる、けれど等しく深い「余白」を抱えた表現として立ち現れてくる。

​『九条の大罪』:壬生憲剛が醸し出す「野望の静寂」

​真鍋昌平の同名漫画を実写化した『九条の大罪』は、なぜか犯罪者ばかりを擁護する弁護士・九条間人(柳楽優弥)を軸に、法の隙間を突く人間たちの業を描く物語だ。九条の「顧客」であり、物語のトリックスターとして暗躍するのが、町田啓太演じる壬生である。

​壬生は、表向きは自動車整備工場を経営しながら、半グレたちを束ねるような存在。冷静沈着で知性的。特筆すべきは、その立ち位置の妙だ。半グレという、ある種不安定な場所に身を置きながら、ヤクザすらも手のひらで転がしているような余裕。相手に対して「下手に出ている」ように見えて、その実、相手の喉元に常に刃を突きつけているような、とてつもない大きさの野望を感じさせる。

​町田が演じる壬生は、決して声を荒らげない。しかし、九条と対峙する際の一瞬の視線の置き方、緩やかな動作の合間に、内に秘めたギラつきが漏れ出す。そこには、セリフでは説明されない経験や、この混沌とした世界でさらに上を目指そうとする底知れないバイタリティが、濃密な空気となって漂っているのだ。​

『10DANCE』:杉木信也に見る「制御の美学」と、抑圧が生む色気​

一方で、『10DANCE』の杉木信也はどうだったか。本作は、対照的な二人のトップダンサーが、互いの専門領域である「ラテン」と「ボールルーム」を教え合い、10種目のダンスで競う「10ダンス」に挑む物語だ。

Netflix映画『10DANCE』

​町田が演じたのは、ボールルームダンスの日本王者・杉木信也。世界大会2位という輝かしい実績を持ち、その一挙手一投足が計算し尽くされた「完璧なチャンピオン」である。杉木はこの評価を、身体を制御することで完成度を高めてきた。

だが、今回改めて振り返ってみると、その「制御」こそが町田啓太にしか表現できない極上のドラマを生んでいたことに気づかされる。​杉木は、自分の感情を1ミリも外に漏らさないために、姿勢を正し、視線を固定し、完璧な技術で自らを縛り上げる男だ。社交ダンスのボールルーム部門において、彼は「正解」そのものであろうとする。その徹底した自己管理は、ほとんど強迫観念に近い。指先の角度、背筋の伸び、パートナーとの距離感――。すべてを計算し尽くし、ノイズを排除した先に現れるのは、誰も踏み込むことができない「無垢なまでの聖域」だ。

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​しかし、対照的な野生児・鈴木信也(竹内涼真)とぶつかり合うことで、その堅牢な殻にひびが入る。完璧に制御されていたはずの筋肉が、鈴木の熱に当てられてわずかに震え、冷徹だった瞳に一瞬だけ、形にならない「情動」が宿る。そのひび割れから漏れ出す色気こそが、この作品のハイライトだった。

​「ダンスとは愛だ」という言葉を冷たくあしらいながらも、誰よりもその深淵に触れようともがく杉木。町田は、多くを語らない杉木の背中に、孤独と高潔さを同時に背負わせていた。言葉による説明を最小限に抑え、ステップと呼吸だけで、相手への執着や、理想に届かないもどかしさを表現する。そのストイックなまでの「抑圧の芝居」は、観る者の想像力を限界まで引き出していく。

​視聴者の想像力に委ねる「余白」の芝居​現代の映像作品において、すべてを説明しすぎないことは一つのリスクでもある。しかし、町田啓太という俳優は、あえて大きな「余白」を画面に残す。​壬生が見せる、底の知れない余裕と野望。杉木が見せる、完璧な制御の裏にある歪んだ情熱。これらはどちらも、町田がキャラクターの核心を安易に言語化せず、佇まいそのものに封じ込めているからこそ生まれる深みだ。

壬生の背負う刺青や、杉木のピンと伸びた背筋。町田啓太はその身体ひとつで、描かれていない膨大な時間をそこに漂わせ、役の背景に深い余白を刻み込んでいる。​視聴者はその余白を、自分なりの解釈で埋めていく。その過程で、私たちはいつの間にか彼の演じるキャラクターの毒に当てられ、深く没入してしまうのだ。​

『10DANCE』で見せた気高い静寂が、『九条の大罪』では冷酷かつ野心的な静寂へと変貌を遂げた。壬生憲剛という男が、物語の終盤に向けてその「余白」をどのような色で塗りつぶしていくのか。町田啓太が提示する新たな「人間」の形から、一瞬たりとも目が離せない。

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